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2006年11月 1日 (水)

親指シフトが懐かしい・・

 前回「親指シフトが懐かしい・・」と書きましたら、思いがけずトラックバックをいただきました。ありがとうございます。親指シフトについて思いつくまま書いてみます。

 大学を卒業して就職したのが1981年。職場にはワープロはおろかパソコンも無い時代でした。科学技術計算を必要とする仕事でしたが、その都度IBMの計算機センターにデータを持ち込んで計算をしてもらっていた時代でした。1983年頃にSEIKO舎のSEIKO-9100か9500かが職場に導入され、業務の効率化が進みました。当時は既にNECのPC98が存在しましたが、上司が「性能を買った・・」と言った事を覚えています。

 大学時代はプログラム言語としてFORTRANを学びました。同時にタイプライターでブラインドタッチをマスターしました。パンチカードに穴を開け、カードの束をカードリーダーに読み込ませるようなクラシックな時代でしたが、FORTRANのおかげでBASICはとてもスムーズに理解できました。職場に導入されたSEIKOのパソコンにGP-IBインターフェイスでX-Yプロッタを繋ぎ、計算結果を分かりやすい図面に作図するソフト作りに熱中しましたね。

 ワープロに出会ったのは1984年頃に職場に導入されたOASYS100シリーズが最初でした。グリーンCRTの右隣に5インチFDが横に2段に重なっていた一体機種でした。この機種はJISキーボードでしたが、親指シフトの存在を始めて知ったきっかけでした。

 COMPUTER MUSEUM OASYS 100シリーズ 「社団法人情報処理学会」

 計算や作図はパソコン、報告書作りはワープロ専用機という使い分けができた時期でした。仕事で報告書作りに追われる様になり、自宅でもワープロ専用機が欲しいと思ってOASYS30AF2を買いました。1987年、買値で30万円程だったと思います。高価な買い物でしたが、これが親指シフトとパソコン通信との出会いになりました。

 COMPUTER MUSEUM OASYS 30シリーズ 「社団法人情報処理学会」

 この頃のニフティのチャットは面白かったですね。富士通のOASYS開発者の神田さんとチャットで遭遇したこともありました。とても緊張したことを覚えています。親指シフトも真剣に練習しました。今は使うことはありませんが、多分指が覚えていると思います。パソコン初期の時代はいろいろなキーボードがありました。左右の手の部分がM字型に分かれたキーボードもあったと思います。「古き良き時代」・・では片付けたくない本当に良い時代でしたね。

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コメント

トラックバックした張本人です。

またまた親指シフトについて書いていただきありがとうございます。

>多分指が覚えていると思います。

そうなんですよね。ではまたもう一度(笑)、なんて、これはセールスマンの口癖ですのでご容赦を。

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